布をめぐる季語の記憶――「花衣」
花衣ぬぐやまつはる紐いろいろ 杉田久女
久女のよく知られた句であるが、田辺聖子さんの小説『花衣ぬぐやまつはる』で、俳句にかかわりのない人も知ることになった。
古くは桜襲(さくらがさね)のことを指し、表が白、裏が葡萄染めのものを言ったようだ。現在は、花を見にゆくときの女性の晴着のこととなっている。桜の花を賞でにゆくときに、おもいきりおしゃれをして出かける。衣という語感から、もともとは美しい着物のことをイメージしているが、いまは洋装の花衣も大多数を占めるようになっている。
咲き誇った桜の花びらが散りかかるその空間に、華やかに着飾った女性が佇(た)つ。花見衣とか花見小袖という言葉も、季語であるが、こういう装いの文化が庶民の生活の中に浸透していることをすばらしいと思う。
男性たちも女性の花衣についてさまざまな角度から詠んでいる。
| 花衣脱ぎもかへずに芝居かな | 高浜虚子 |
| ぬぎ捨てし人のぬくみや花ごろも | 飯田蛇笏 |
| 花衣着るよろこびを妻あらは | 下村槐太 |
| 留守の戸の鍵を袂や花衣 | 皆吉爽雨 |
花を賞でたり、芝居に出かけたり、日永の一日をたっぷりと愉しむ。よき時代の日本の春の女性たち。虚子の句のその人は妻や娘たちかもしれないし、句の弟子でもある若く美しい芸妓さんたちなのかもしれない。蛇笏の句とともに、「脱ぐ」という言葉のうしろに衣ずれの音や、紐をしごく感触、畳にすべり落ちてゆく絹という布地の光とつめたさとその手重(ておも)りが出ている。槐太、爽雨の句ともに、花衣に身を包んだ妻や女友だちの表情、しぐさを描写して印象に残る。(中略)
高知県と愛媛県をつなぎ貫く一本の幹道。県境に近い高岡郡仁淀村の高みに、秋葉神社が祀られている。その神官を司る中越家の屋敷には、樹齢百八十年ほどの世にもまれな、無類の美しさをもって天上からゆったりと垂れる枝垂桜がある。(中略)濡縁に腰を下ろさせていただいて、夕桜を眺めていると、背後から障子が静かに開かれた。
「今年は花が気持ちよく咲いている。雨が上がって、今日はいちばんの花の夕べよ」
きちんと和服に身を正した老人が、花の木を眺める。目を細めてほれぼれと、うっとりと花の木の天地を眺めると、すっと障子が閉ざされてその人は奥に座を移したようだ。(中略)中越家の桜はこの家の人々とほぼ二世紀にわたって共生してきた。その家族に守られ、桜の木は家族を励まして、毎年花をつけてきた。
花のとき、ご当主は常着よりも上等の和服を召されるのであろう。見事にすこやかに、十全に山気を吸って花開いた老大樹に、心からの感謝と敬意を抱いて接しておられるのであろう。
いつしか空には春の星座が満ち、花の木を満たしていた鳥たちのささやきも鎮まった。
「ありがとうございました」
障子の奥に向かって、私はお辞儀をし、二十七年間の桜花巡礼をこの樹との出合いをもって自ら満行とさせていただくこととした。
一本の紐あればよし花衣 杏子
(『布の歳時記』より)
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布の歳時記
黒田 杏子 著 税込価格2100円 (本体価格2000円) モンペスタイルの人気俳人が、着物の素材としてだけではなく、生活全般にわたる布への愛着とこだわりを、みずからの半生と重ね合わせてつづる、はじめての書き下ろし俳句エッセイ。 |



