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村上春樹・柴田元幸『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を語る (1/5)
キャッチャー・イン・ザ・ライ刊行記念特集

J.D.サリンジャー作『ライ麦畑でつかまえて』の新訳が40年ぶりに登場する。タイトルは『キャッチャー・イン・ザ・ライ』、訳者は作家・村上春樹氏。世界中で驚異的なロングセラーとなったこの小説の力とはいったい何なのか、それを訳すということはどういう作業なのか。英米文学の名翻訳家・柴田元幸氏を聞き手に、今あらためて『キャッチャー』の魅力をさぐる。

けっこう不思議な小説ですよね。簡単に忘れられない。

柴田 まず最初に、村上さんがどんな風にして『キャッチャー・イン・ザ・ライ』に巡り会ったか、というあたりからをお聞きしたいんです。

村上 僕は60年代の半ばに高校生だったんだけど、当時『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を読むことはひとつ通過儀礼みたいなものでしたよね。今はどうなのか知らないけど、60年代の高校生というか、若者は、これを読まないことには話が始まらないというところがあった。だからなんとなく自然に読んじゃったんじゃないのかな。どうだったんだっけ……あ、いや違うな。これ、クラスの女の子に勧められて読んだような気がする。特別な関係のない女の子だったですけど(笑)。

柴田 そのときどう思ったかというのを記憶してます?

村上 かなり昔のことなのでそんなはっきりとは覚えていないですね。ただ、文体には強く惹かれたような気がしますね。内容についてはあとになると、意外にあまり覚えていなかったんですよ。ただいくつかの情景の細かいところなんかは、ずいぶんはっきりと鮮やかに記憶してたな。最初の、学校の丘の上にいるあたり、それから、スペンサー先生がエジプト人についての作文を読み上げるところとか、ストラドレイターが髭を剃っているところなんかははっきり思い出せるんだけど、どういうわけか、電車に乗ってニューヨークに行ってから後のことは、ほとんど記憶にないんですよ。だから、内容的にはそんなに深くは感じ入らなかったんじゃないかな。ただ、文体みたいなものはすごく頭に残ってますよね。とくに、出だしのところのたたみかけるようなクリスプな文体とかね。

柴田 そのときは野崎訳で読まれたわけですか。

村上 当然ですね。

柴田 その後、野崎訳を何度か読み直されたのか、それとも原文で読まれたのか、そのあたりは。

村上 いや、実はそれから野崎訳は一度も読み返していないんですよ。本は持っていたんですが、読み返したという記憶がない。高校二年生ぐらいだったかな、そのときに読んで、それっきりだったような気がする。ただ、原文に関しては、どこかの時点でパラパラとは読みましたね。通してしっかり読んだという記憶はないです。パラパラと部分的に読んで、なるほど、こういうものかという感じで。ただ、僕もその後はけっこうハード方向に進んじゃったから。

柴田 ハード方向というのは。

村上 要するにもっと硬いものというか、それともカウンターカルチャー方向に行っちゃったわけです。それも我々の世代のある種定番のコースなんですよ。何となく『ライ麦畑』とかその辺から入っていって、だんだんハード化していくというコースで……。たとえばジョルジュ・バタイユだとか、フォークナーだとか、ヘンリー・ミラーだとか、それともころっと違って、ブローティガン、ヴォネガットみたいな同時代的にオフビートなものとか。あるいはJ・G・バラードみたいなサイエンス・フィクションとか。

柴田 つまり、『キャッチャー』はある意味で卒業するということですか。

村上 うん。武装闘争みたいなものが時代に入ってくると、やっぱりちょっとこれは、なんといってもブルジョアの……。

柴田 お金持ちのお坊ちゃんの話だし。

村上 そう、反抗的とはいえ、お坊ちゃんの神経症的な話だから。別に自分の中でそのへんをきちっと整理したというわけではないんだけど、もう一度じっくり読み返そうという気持ちにはとくになれなかったし、誰かとこの本について語り合うということもなかったような気がしたな。サリンジャーのほかの作品はだいたい全部読んだんですが、『キャッチャー』は再読しなかったな。

 だからそんなに『キャッチャー』にはまったというわけではないんです。〈来る〉ということでいえば、カポーティなんかの方がずっと来ました。でも『キャッチャー』って、再読していないわりには、そして「そんなに来なかったよ」とかしらっと言っているわりには、不思議に心に深く強く残ってるんです。僕の人生を通じて、自分の中に常に『キャッチャー』という存在があった。そういう意味じゃけっこう不思議な小説ですよね。簡単に忘れられない。視野の端っこあたりにしつこく留まり続けている。でも人生の愛読書であるとか、具体的に影響を受けたとか、そういうことはないですね。

柴田 そういう村上さんが今これを、既に訳があるにもかかわらず、ご自分でまた訳し直したいというふうに思われた、そこはどういう過程があるんですか。

村上 やはりそれは、自分の中に根強く残っている、僕にとっての『キャッチャー』という小説の存在感みたいなものを、このへんで一度徹底的に文章的に洗い直してみたいという気持ちがあったからじゃないかな。自分なりに再評価、再検証してみようみたいなところです。

 あと、僕に『キャッチャー』を翻訳してほしいって希望する人が、僕のまわりにずいぶん多かったんですよ。友だちとか、編集者とか。一般読者からもそういうメールみたいなものはけっこう来ました。それで僕も最初は「ええ? 僕が『キャッチャー』?」みたいなことを思っていたんですが、そのうちに「そうだな、それもあるいは面白いかもしれないな」と、だんだんその気になってきたというか。僕が『キャッチャー』を訳すとしたら、いったいどんな文体になるんだろうとか、わりに真剣に考えるようになってきました。考えれば考えるほどやりたくなってきた。

柴田 そうすると、訳す上でも、文体上の関心ということがかなり強いわけですか。

村上 そうですね。僕としてはやはり文体上の関心が一番大きかったですね。古典……もう古典ですよね、本が出てから50年だから。古典となった『キャッチャー』を一回自分の手でやってみたいなという気がしてきたんですよね。主に文体的な興味です。古典となった『キャッチャー』に対して、文体的に僕にどんなことができるんだろう、と。

柴田 実際に訳されてみて、この本に対する見方というのは変わりましたか。

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