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ちょっと立ち読み
それってどうなの主義「バイト語とオフィス語」 

 『文藝春秋』2003年12月号で、フリーアナウンサーの梶原しげる氏が、新手の「バイト語」をクサしていた。ガソリンスタンドで、

 「ハイオクで大丈夫だったでしょうか?」

 と聞かれたのがお気にさわったらしい。

 まず「だったでしょうか?」という過去形が変。これは「〜でよろしかったでしょうか?」と同様のマニュアル言葉であるという。次に「大丈夫」が変。「大丈夫?」は本来重い意味なのに「いかが?」と軽くすすめる代わりにつかっている。おかげでレギュラーを入れたかったのに、思わず「大丈夫です」と答えてしまったではないかっ!

 こういうのを逆恨み、ないし八つ当たりという。「ハイオクで大丈夫?」と聞かれ、天ぷら油を入れられたとかなら別だけど、「大丈夫です」と答えたのは自分なんだから人の言葉づかいのせいにするのはお門違いってものだろう。

 ついでにお勉強をさせていただこうと思い、その梶原さんの『口のきき方』(新潮新書)も読んでみたけど、これに類する「〜になります」「〜のほう」「〜円からお預かりします」等の「現代用語の非常識」をクサしまくった本だった。

 まー、お気持ちはよくわかります。しかし、私はこの種の「バイト語バッシング」に同調する気にはあまりなれない。ひとつは彼らの陰にこもったやり方ね。言葉づかいにうるさい人は、どうしてよそで文句をいうんだろう。嫌ならその場で処理すればいいわけで、そうしないのは自らコミュニケーションを拒絶しているに等しいんじゃないか。

 先日、ある居酒屋でのこと。例によってバイト君が、

 「こちら、あん肝になります」

 ってなせりふとともに皿を置いて立ち去ろうとすると、友人がすかさず口を挟んだ。

 「え、ちょっと待って。いつまで待つの?」

 「はい?」

 「あん肝になりますっていうことは、いまはまだなってないってことでしょう? で、いつまで待つと、あん肝になるのかなと思って」

 こういうことをニコニコしながらいうヤツも相当イヤミな客だと思うが、バイト君は意外に素直で、一瞬の沈黙の後「あ、そうですよねえ。変ですよねえ」といい、アハハと笑いながら「今度から気をつけまーす」と頭をかきつつ下がっていった。

 もちろんこのコも裏では、いま変なババアに因縁つけられちゃってさあ、と仲間に報告したりするのかもしれないが、見ていた私はなるほどと思った。後でエッセイに書くくらいなら、あっちだって人間なのだ、その場で指摘してやればよいのである。

 もうひとつ気になるのは、非難の矛先がファミレスやコンビニなどのバイト君、つまり低賃金不安定雇用の現場労働者に集中している点である。そりゃあバイト君も接客業である以上、言葉づかいは大切だろう。しかし、サービス業にふさわしいパーフェクトな言葉づかいを求めるなら、それ相応の待遇改善もしていただかないとねえ。

 だいいち、じゃあオフィスワーカーの「オフィス語」はどうなのよ。彼らホワイトカラーの正規雇用者は、バイト君より頭を使っているといえるのか。たとえば、

 「いつもお世話になっております」

 という電話の応対。あのロボットみたいな応対は、みんな平気なんですかね。はじめて電話した先で名前を名乗った途端、自動的に「お世話になっております」と返されたときの困惑。

 「え、べつにお世話はしてませんけど」

 「はい?」

 「だからお世話はしてません。それとも私、御社と以前に何かかかわりがありました?」

 「…………」

 これは意地悪でもなんでもなく、本当に不思議だったから素直に質問してみただけなのだが、マニュアル以外のことをいわれた相手は、必ずといっていいほど絶句する。あと、

 「どちらの斎藤様ですか?」

 っていうのも何とかしてほしい。

 「どちらって何ですか? 住所をいえと?」

 「いえ、あの所属を……」

 「無所属の斎藤ですけど。いけませんか?」

 こうなると、ほんとにただのイヤミのババアだが、「どちらの斎藤様」に比べたら「こちらあん肝」のほうがなんぼかマシだ。

 オフィスでもいっそバイト語で電話応対をしてみたらどうだろう。

 「ご注文、くり返させていただきます。編集部の柴田でよろしかったでしょうか?」

 そして、電話に出た人はこう名乗る。

 「こちら、柴田のほうになります」

 案外ウケるかも。ウケねえか。梶原さんは怒るでしょうね。

(初出:『言語』2004年2月号)

 

…………あとで考えてみると、オフィスで電話をとる人も「ホワイトカラーの正規雇用者」とは限らず、非正規雇用の派遣労働者が多くなっているのかもしれない。だとすると、言葉づかいの問題はなおさら労働問題だということになろう。余談ながら文中の「柴田」さんとは『言語』の編集者だった女性。この原稿を送った直後、すかさず彼女は「こちら、柴田のほうになります」というメールをくれた。

(『それってどうなの主義』より「バイト語とオフィス語」)

それってどうなの主義
もっと詳しく
それってどうなの主義 
斎藤美奈子著
税込価格1,575円 (本体価格1,500円)

日の丸、戦争、靖国から、皇室報道、学校教育、児童文学、ファッション誌まで……その物言ひで、宜しかつたでせうか? オウム事件後10年間のニッポンの右往左往ぶりをめぐる、痛快エッセイ集。

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