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トークショー 【Web再録】

丸善・丸の内本店3周年 『パール判事──東京裁判批判と絶対平和主義』刊行記念
中島岳志さん×森達也さんトークショー


2007年9月6日(木)19時〜 於:丸善・丸の内本店 3階 日経セミナールーム

大型の台風9号が関東地方に接近し、横殴りの雨が降る東京駅周辺。各地で大雨洪水警報が発令される中、熱心な聴衆約70名を集めてトークショーは催行されました。
司会者の紹介に導かれ、両氏が入場。森氏の片手には『SAPIO』の最新号。

「パールは右派に好まれている……それだけでは片付けられない問題」

中島岳志:はじめまして。中島と申します。今日は森さんとのトークイベントということで私も楽しみにして来ました。もう発売されていると思うのですが、森さんの最新の対談集の中に、私も対談をさせていただいている部分がありますので、ぜひそちらもお読みいただければと思います。

 その中でも触れているのですが、私は森さんに非常に大きな影響を受けてきました。『A』と『A2』という作品が私にとって非常に大きかった。いつも大学の授業で『A』と『A2』をかけることにしています。私は元々文化人類学をやっていたんですけれども、その手法に非常に近い、意味のある作品だと思っていまして、ずっと森さんのものを読んできました。

 また、『中村屋のボース──インド独立運動と近代日本のアジア主義』という本を2年前に書かせていただいたのですが、それも、森さんが書かれた『クォン・デ──もうひとりのラストエンペラー』(角川文庫)に触発された部分がたくさんあります。そういう色々な面で森さんから影響を受けた部分がたくさんあるので、今日は非常に楽しみにしてやって参りました。


森達也:ありがとうございます。森達也です。

 まずは今回、『パール判事』を書くにあたっての製作秘話であるとかこぼれ話があれば、聞かせてもらえますか。


中島:元々パール判事という人にそれほど大きな関心があったわけではないんです。僕もそもそもは東京裁判を批判した人、田中正明さんの『パール博士の日本無罪論』を読んでパールという人は日本は無罪だと言ったんだと思っていました。

 僕はインド研究が専門なものですから、ボースなどを研究し始めて、日本とインドとの関係を取り持ったインド人たちを調べていく時に、パール判決書を読んだんです。その時に、田中正明さんが書いたものからこぼれ落ちる記述がたくさん出てきた。しかもそこにはインドの文明論的な展開がある。この人はまず、インドでどういう人だったのだろうか、ということに関心を持ちまして、調べ始めました。

 そうするとインドの法体系とか、様々な問題がそこに出てきました。パールさんはヒンドゥー法の専門家なんです。ヒンドゥー教の古代のサンスクリット語の古典を一生懸命、研究者として読んでいた人なんです。そういうヒンドゥーの文明論というものに基づいて、ある種の文明観というものを持っていた人物なんですね。それがガンジー主義と出会って、あるひとつの思想体系を作っていく。

 そういう人物が東京裁判に来た時に、どういう議論をしたのだろうか。その辺りからどんどん、パールの論理の方に、非常に関心が出てきまして、一気にパールの本をカルカッタなどに行って集めて読んだ、というのが最初です。

 ですから、あとがきにも書きましたが、ボースはものすごく人間的に好きな人。苦悩とか割り切れ無さとか悲しみとか、右左の歴史観でなかなか割り切れない人物。その苦悩が非常に重要だと思っていたものですから。そういう点から言うとパールというのはどうも、右派の人に好まれている人。しかし、読んでみるとそれだけでは片付けられない問題がたくさん出て来るわけです。


:クォン・デという日本で死んだベトナムの王子の話を書いたとき、「森は左翼だ」などとよく言われ始めた頃でもあったので(笑)、左右分割あるいは対立という構造について考えていた時期でもありました。歴史的には今とはぜんぜん違う。マルクス・エンゲルスすらまともに読んでいない今の僕なんて、一昔前ならば左だなんてとんでもない。座標軸がどんどんすれているんですよね。ずれることはある意味で時代の必然ではあるけれど、もう少し自覚的に成りたいとか考えて。そしてクォン・デを調べる過程で日本の右翼運動の源流といわれる玄洋社に行き着くわけです。いろいろ発見がありました。

 座標軸のない座標なんて意味がないわけです。さらに言えば縦軸と横軸だけでよいのか? 立体かもしれないし四次元のように時間の軸だって想定せねばならないかもしれない。だからボースについてもパールについても、座標を知ると同時に座標の軸に対しても自覚的であらないと、相対的な位置ばかりになってしまいますよね。つまり現実の追随しかできなくなる。そういった意味での世界観をちゃんと持たなければ。自分を含めてね。

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