「公の場所で議論しましょう」
(中島岳志氏)
森:この本はとても幸運なスタートを切りましたね。刊行されたちょうどその時期に「NHKスペシャル」でパール判事の特集をやって、かなり評判になったようですね。偶然でしょうけれども強力なパブリシティになった。次は、つい昨日『SAPIO』(2007年9月26日号)誌上で小林よしのりさんが話題にした。タイトルは「憲法9条とガンジー主義は全く違う!」という、中島さんの本についてのパブリシティ、じゃなくて批判がありました。これについて聞いてもいいですか?
中島:小林さんに対しては「公の場所で議論しましょう」ということを強く訴えています。ブログに詳しく書きましたけれども、今回の批判の要点は3つあるのですが、一つは、1952年にパールが日本に来た時、京都で演説をした内容を巡って、私は毎日新聞の記者が書いたパールの演説の要約を引用したんですけれど、「それはでたらめだ」と小林さんはおっしゃっているんですね。パールの平和憲法を巡る発言のところで、おまえは学者なのに一次資料に当たっていない、こっちの方が正しいんだ、と。この場合小林さんはおそらく勘違いされていて、第一次資料というのはこの場合はパールが英語で話をしているものですから、英語の演説原稿になります。その訳を誰がどうやっているのかというのが次の問題なんですが、パールの演説にずっと付いていたのが、田中正明さんなんです。さっきから何度も出てきていますが、『パール博士の日本無罪論』を書いた方で、南京大虐殺の司令官としてA級戦犯で処刑された松井石根の秘書官を戦前はやっていた人物です。そして下中彌三郎の弟子のような形で一緒に大亜細亜協会をつくった。その人が実は、何度か資料の改竄問題を起こしている。ご承知の方がたくさんいらっしゃると思うのですが、『松井石根大将の陣中日記』を田中正明さんが出された時に、研究者に何百カ所もの主観が入った修正がされていると指摘されている。資料にある種の主観性を込めて出されるという特徴がある方なので、その方の資料を一次資料としては使いにくい。両方のものがある場合には基本的には、現場で取材をした新聞記者のものを使うようにしました。
小林さんは田中さん側の資料が一次資料だとおっしゃってるんですね。しかしここで言えるのは、僕も小林さんも実は、一次資料を使っていない。英語の原文が出てこないとどうしようもない。ものすごくがんばって探したんですけれども、見つからなかったんです。なので、水掛け論になるんですけれど、小林さんがこれを一次資料だとおっしゃる根拠と英文の原稿との対比を出してくださって、毎日新聞の方が誤った記述をしているのであれば僕は正々堂々と修正しようと思っています。それが出てこない限りは水掛け論になるというのが第一点目。
第二点目は、僕は言いがかりに近いと思ったのですけれど、小林さんの『戦争論』の中にパールを記述したところがあり、パールの論理を大東亜戦争肯定論に使うのはやはりおかしいと書いたんですね。それに対し小林さんは「ワシの『戦争論』にパール判事は3回出て来るが、いずれもあくまで東京裁判の無効性と東京裁判史観の相対化を主張する文脈である。」と。そんなこともわからない義務教育卒業程度の国語力も僕はない、と書いてあるんです。しかし、小林さんはこう書いていらっしゃるんですね。パール判事の部分に吹き出しを付けて、「被告人全員無罪!」と書いた後のコマが次のような言葉です。「あの戦争でアメリカに正義があるはずがない。日本には自衛のため、さらには欧米列強に喘ぐ亜細亜の全植民地化を防ぐ正義がある。」間違いなくこの文脈は、小林さんがパール判事を使って大東亜戦争をアジア解放のための聖戦として位置づけている文だと、僕の国語力では読めるんですけれども、それを非常に怒っていらっしゃる。正々堂々と受けられたらいいのになあと思うんですけれども。こういうことを批判される時に、「義務教育卒業程度の国語力もない」というようなほぼ誹謗中傷に近いことを書いてこられるんで、困ったなあと思った次第です。
あとは憲法9条とガンジー主義の関係を書いていらっしゃるんですが、私に対する批判とするとちょっとずれていますね。私が、憲法9条をガンジー主義そのものだと主張しているかのように議論が展開していくんですね。これは私ではなくて、パールの引用から私が分析した部分でして、その分析を巡っては色々議論が出来るかと思うのですが、私がそれで「ウスラ左翼」と揶揄されるのは、どこか論理がずれてきているんですね。
こういう伝記を書くと、パールの立場が、イコール著者の立場だと思われることがあるんですね。これもあとがきで「特定の個人の研究を発表すると、その人物の立場と著者自身の立場が同一視されることが往々にしてある。断っておくが、私はパールの見解や政治的主張のすべてに賛同しているわけではない。この点はくれぐれもご留意いただきたい。」と書きました。
そこからの議論は私は小林さんとほとんど一緒。憲法9条とガンジー主義がイコールではない、というのはその通りだと思います。実は非常に重要な点で、それについて僕は小林さんと議論したい、と思っているといます。
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