
◆立ち読みコーナー──第三部「ジェイムズ」より──◆
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平穏な時期が長くつづいたあと、一九八八年の冬の終わりから春の初めにかけて、テヘランへの空襲が再開された。あの数か月を、テヘランに降りそそいだ百六十八発のミサイルを思うとき、私は決まってあの春の奇妙な静けさを思い出す。イラクがテヘランの石油精製所を攻撃したのは土曜日のことだった。その知らせは、最後の爆撃から一年以上も心の中に潜んでいた過去の恐怖と不安を呼びさました。イラン政府はバグダードを報復攻撃し、月曜にはイラクがテヘランに対して第一弾のミサイル攻撃を開始した。それにつづく攻撃のすさまじさゆえに、この事件は、過去九年間の私の経験すべてのシンボルとなった──まるで完璧な詩のように。
最初の攻撃後まもなく、私たちは窓に粘着テープを貼ることにした。子供たちをまず私たち夫婦の部屋に移し、厚い毛布とショールでさらに窓をおおったが、その後、私たちの寝室の外の、窓のない小さな廊下に子供を移動させた。私が眠れぬ夜にジェイムズやナボコフと密会した場所だ。テヘランを離れることも何度か真剣に検討し、一度は、のちに私の書斎となる、車庫に近い小部屋を無我夢中で片づけて、窓も補強したけれど、結局また自分たちの寝室にもどった。以前の攻撃の際に一番怯えていた私が、かつてのふるまいを埋めあわせるかのように、今度は一番落ち着いているように見えた。
初めてミサイル攻撃があった日の夜、私たちは少数の友人とともに、亡命したロシアの映画監督故アンドレイ・タルコフスキーの生涯を描くドイツのテレビ・ドキュメンタリーを見た。知識層をなだめるため、毎年開かれるファジュル映画祭(かつてはテヘラン映画祭)はタルコフスキーの映画を特別上映した。どの作品も検閲によりカットされ、字幕なしのロシア語上映だったが、映画館の窓口が開く何時間も前から長蛇の列ができた。ブラックマーケットではチケットが何倍もの高値で取引され、つめかけた客のあいだで──特に地方からわざわざこのために出てきた人のあいだで、入場をめぐって争いが起きた。
ミスター・フォルサティーが授業のあと、タルコフスキーの『サクリファイス』のチケットが二枚余分に手に入ったと知らせに来てくれた。私が前からぜひ見たいと言っていた作品だ。ミスター・フォルサティーは、学内にある二つのムスリム学生組織のうち、イスラーム・ジハードのリーダーだったので、人気の高いチケットを入手できたのだ。彼によれば、タルコフスキー・マニアは至るところにいて、石油相さえ家族と見に行ったという。人々は映画に飢えていた。ミスター・フォルサティーは笑いながら、理解できない映画ほど人はありがたがると言った。それが本当なら、みんなジェイムズを好きになるはずよと私は言った。それはちょっとちがいます、と彼はぬかりなく答えた。タルコフスキーのように尊敬されるのはジョイスです。ジェイムズに対しては、わかったと思うか、わかるはずだと思うから、頭にくるんですよ。ジョイスのような見るからに難解な作家より、ジェイムズのほうが受け入れるのが難しいんです。あなたは見に行くの、とミスター・フォルサティーに尋ねた。僕が行くとしたら、世間に合わせて行くだけですよ。僕としてはトム・ハンクスのほうがずっといい。
『サクリファイス』を見に行ったのは、晴れた冬の日の午後だった。冬というより冬と春が混じりあったような日だ。しかし、その日最大の見物は、すばらしい天気でも、映画そのものですらなく、映画館の前に集まった群衆そのものだった。まるで抗議集会のようだった。知識人もいれば、会社員も、小さな子を連れた主婦もおり、若い聖職者が落ちつかなげにわきに立っているという具合で──テヘランの他のいかなる集まりでも決して見かけることのない組み合わせだった。
映画館の中に入ると、突如スクリーンの上にあらわれたまばゆい色彩の爆発に、客席は静まりかえった。映画館に入るのは五年ぶりだった。あの頃見ることができたのは、東欧の古い革命映画か国内のプロパガンダ映画だけだった。映画の感想はうまく言えない──映画館にすわっていることに、ひんやりした革張りの座席に深々と身を沈め、フルサイズのスクリーンを目の前にしている体験そのものに、心を奪われていたからだ。言葉も理解できず、検閲のことを考えたら腹立たしくて見ていられないことはわかっていたが、私は色彩とイメージの魔術に身をゆだねた。
いま思えば、タルコフスキーの名の綴りも知らない人間が大部分を占める観客が、しかも通常の状況なら彼の作品を無視するか嫌悪さえ抱くはずの人々が、あのときタルコフスキーの映画にあれほど酔いしれたのは、私たちが感覚的歓びを徹底的に奪われていたせいだろう。私たちは何らかの美を渇望していた。不可解で、過度に知的で、抽象的な映画、字幕もなく、検閲でずたずたにされた映画の中の美でもかまわなかった。数年ぶりに恐怖も怒りもなく公の場にいるということ、大勢の他人とともに、デモでも抗議集会でも配給の列でも公開処刑の場でもない場所にいるということに、感動と驚きをおぼえた。
映画それ自体は戦争に関するもので、主人公は家族が戦禍から救われるなら二度と口をきかないと誓う。そこには、一見穏やかな日常生活とみずみずしい自然の美の背後にひそむ脅威が──爆撃機がもたらす家具の振動によって感じられる戦争と、その脅威に立ち向かうために求められる過酷な犠牲がもっぱら描かれていた。私たちはつかのま、極度の苦悩を通して初めて到達でき、芸術によって初めて表現しうる恐るべき美を、集団で味わったのである。



