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ちょっと立ち読み
トットちゃんの万華鏡 

 新作の初日の台風は計算外だったが、それは杞憂にすぎなかった。開演間近には客席はほぼうまっていた。開演の直前、黒柳徹子は突然、幕内から観客に異例ともとれる挨拶をした。これには観客の多くは驚きを禁じえなかっただろう。

「台風が東京にやってくるというので、お客さまは一人もいらっしゃらないかと思っておりましたが、台風にもかかわらず、こんなにたくさんのお客さまに来ていただいて心から感謝いたします。このお芝居は喜劇ですから、最後まで楽しんでいただければ幸いです。お帰りの際はじゅうぶん気をつけてください」

 開幕前に黒柳徹子の挨拶の言葉を聞かされ、観客は熱狂的な拍手で応じた。ニューヨークに長い間在住していた演劇評論家の大平和登は、帰国早々この舞台を観るため雨の中を劇場に駆けつけた。徹子はニューヨークに行くたび、大平にブロードウェイを案内してもらっていた。いわば芝居仲間である。

「開幕直前に、黒柳さんが挨拶のアナウンスをされ、台風の中の来場者に謝辞を述べられた。初演初日の大変なとき、主役スターが場内アナウンスのサービスをすることは、先ずブロードウェイではありえない。観客が黒柳さんに直接つながっている、お互いの眼に見えない交流があるという心の余裕と豊かさがあってのことだろう」(「小説新潮」2004年12月号)

 黒柳徹子の挨拶は、観客を、つまり演劇を愛しているからにほかならない。はじめて舞台に出たとき、黒柳は信じられないことに、ほかの俳優どうよう「ドキドキした」という。ドキドキしたり、あがったりしながらも、彼女は「舞台は居心地がいい場所」だったと言い切る。

「舞台に立っていて、お客さまは信頼していいものなんだなっていう、確信に近い気持ちがしたんです。マリア・カラスは『お客は敵です』って言って、『その敵に恐れ入りましたと言わせなければいけない』、と言っているんですけど、私はそうは思わない。お客さまのもっている……あれはなんていうのでしょうね、電波といったらいいんでしょうか。お客さまが発する電波と私の電波がうまく交流して、すごく居心地がいいんです。無名のころからそうでした。居心地が悪かったことは一度もないです。それで、もしかしたら私は舞台が好きなのかもしれない、と思ったんです」

*     *     *

 黒柳徹子の世界は広い。その世界は献身という言葉で満たされている。ユニセフ親善大使(国連児童基金)の活動は、年俸一ドルの名誉職。小さいときから世の中の不公平を実感していた徹子にとって、子どもたちに真心を訴える格好の使命である。彼女は親善大使に就任したとき、心から喜びを感じた。額面は小さいが、何ものにも代えがたい一ドルである。

 「戦後、私と同じ年くらいの子どもが栄養失調で死ぬ姿を見てきました。焼け跡の子どもたちのお腹を満たしたのは、ユニセフの粉ミルクでした。私たち日本人も、ユニセフのお世話になっているんですよ。親善大使はたいへん光栄です。子どもたちの役に立つことが、私の願いでしたから」(中略)

 黒柳徹子の胸に去来するのは、これまで訪ねた二十三か国ばかりでなく、世界のトットちゃんたち……。ハイチの貧困ゆえの幼い売春婦たち、レイプの被害者たち、死を前にして「あなたの幸せを祈る」と言ったインドの子ども、砂漠化が進み飢えに苦しむニジェールなどアフリカ諸国の子どもたち、どこの国にもいたストリート・チルドレン、内戦のため駆りだされる少年兵らの、幸せを心から願わずにはいられない。そして、これから出会うであろう、トットちゃんたちにも思いを馳せる。

 その黒柳徹子の脳の構造は、どんな形をしているのだろうか。(中略)『バカの壁』で有名な養老孟司も黒柳徹子の脳に興味をもち、「中味を見たい」と思っている一人である。

 「光栄なんですけど、私は百歳まで舞台に出るつもりなので、その後なら解剖してくださってけっこうです、って言ったら、『ぼくのほうがもたない』とおっしゃいました。」

 養老孟司が黒柳徹子の脳を解剖する日は来ないだろうが、常の人とちがってそこには文字が刻まれているかもしれない。もちろん、それは「献身」である。そして、その下に「WELFARE(福祉)」の文字も。彼女の場合、心の欲するままの好奇心と行動力が、献身の“物語(人生)”を綴っているのではないだろうか。

トットちゃんの万華鏡
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トットちゃんの万華鏡 

税込価格1890円 (本体価格1800円)

 「徹子の部屋」の司会者、ユニセフ親善大使、ろう者劇団の主宰者、そして何よりも女優……。全面的な賛同と協力を得てはじめて成る、天衣無縫で献身的な自由人のすばらしき半生記。

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