けれども、私が何といっても春の到来を実感するのは、いつも買い物に行く八百屋の店台に、アスパラガスの束が立ち並ぶときである。とがった芽のほうを上にして、二、三十本ずつ輪ゴムでまとめられたそれは、はじめてお絵描きをする子ども用の極太鉛筆を思わせる。アスパラガスといえば、緑色のものと白のものと二種類あり、緑色のほうが早くから出回り始めるが、少なくともヴェネト州では白のほうが優勢のようだ。どちらも土の下で育てられ、食べごろになると、先にかぎ針のついた棒状の器具で引っ張り出されるという。うっかり地面より上に伸びるまで引き上げずにいると、光を浴びた部分が赤っぽく変色して価値が下がる。この話を八百屋の主人にはじめて聞いたとき、私は目から鱗が落ちる思いだった。ということは、アスパラガス畑というのは、一面土色の砂漠のようなものなのだろうか。そして、以前は五月に入らないとじゅうぶん育たなかった白アスパラガスが、最近は地下に通した水道管に温水を流して地温を高くすることで、一か月も早くから収穫できるようになったそうである。このあたりは白アスパラガスの産地として知られ、とりわけノアーレの北西四十キロほどのところにある町、バッサーノ・デル・グラッパ特産のものとなると、直径が二センチ半もあり、雪のように白く、つやつやしている。
この野菜のいちばん簡単な料理法は次のとおりである。長いままの白アスパラガスの、下半分だけを皮むき器で軽くそぎ、さっと洗う。塩をひとつまみ入れた熱湯でゆで上げ、よく水を切る。固ゆで卵を別に作っておき、いっしょに盛り合わせ、パンを添える。これで春のごちそうのできあがりだ。ゆだってクリーム色になったアスパラガスにオリーヴオイルをかけ、ナイフで適当に切り分けて口へ運ぶと、ちょっとくせのある、独特な味が、春の香りとともに口の中いっぱいに広がる。固ゆで卵やパンもいっしょに、これを十二、三本も食べれば、お腹がいっぱいになってしまう。この料理には、やはりヴェネト州産の、よく冷やした、辛口の白ワインがだんぜん合う。
もう一つ、イタリア人ならだれでもアスパラガスを使って作る料理は、リゾットだ。リゾットに入れるアスパラガスは、どうせ小さく切ってしまうので長くなくてもよい。だから、収穫や選り分けのときに折れてしまって、長さのそろったものとは別にされた「先っぽ(プンタ)」を買う。やはり白アスパラガスで作るのがふつうだが、米も具も同色では見栄えがあまりよくない、ということなのか、私が八百屋で、
「今夜はリゾットにしようかしら」
と言うと、
「じゃあ、彩りに」
と緑のものも二、三本入れてくれたりする。
それからこの時期にはもちろん、イチゴやサクランボも八百屋の棚にどっさり積まれて、いっしょに連れて行ったダリオを大喜びさせる。イチゴは、スペイン産のものや、暖かい南の州から冷蔵車で運ばれて来たものが四月前から出回って、せがまれるとつい買ってしまうけれども、本当はノアーレや近郊の畑で採れるようになるまで待ったほうがいい。五月の太陽をたくさん浴びた地元産のイチゴは、ずっと甘くて味が濃い。サクランボは、明るい赤や黄色の日本のものと違って、木の種類が異なるのだろうか、黒ずんだ赤紫色をしているのがふつうだ。(「ノアーレの四季 春」より)
(『畑の向こうのヴェネツィア』より)
|
畑の向こうのヴェネツィア
仙北谷茅戸著 税込価格1,890円 (本体価格1,800円) ヴェネツィア近郊の町ノアーレ。そこに暮らす日本人女性とその家族の四季折々の生活と過ぎ去りし日々への思いを、匂い、音、色彩といった感覚をもとに描いた追憶のエッセイ。 |



