内容説明
永遠の漂泊者「狩人グラフス」が影を落とす
さまざまなものや人が時空を越えて響きあう
カフカと同じ旅をした語り手の〈私〉は、死と暴力の予感におののいて、ヴェローナから逃げ帰る……。謎めいた四つの物語。解説=池内紀
禍々しく、ミステリアスに
一八〇〇年、アンリ・ベール(ことスタンダール)はナポレオン戦争に従軍し、後年このときの記憶を書きとどめた。第一次世界大戦が間近い、不穏の気配ただよう一九一三年には、ウィーンからヴェローナ、リーヴァに向かったドクター・K(ことカフカ)が日記をのこした。一九八〇年、カフカの足跡を追って同じ旅をした語り手の〈私〉は、死と暴力の予感におののいてヴェローナから逃げ帰った。その七年後、当時の記憶を書き記そうとかつての道をたどり直し、最後に自分が捨てた故郷に立ち寄った。
〈私〉の旅、カフカの旅、スタンダールの旅―時を超えて重なり合う旅のどこにも、永遠の漂泊者「狩人グラフス」が影を落とす。さまざまなものや人が響き合い、時間と場所を越えて併存する。本書はゼーバルト初の散文作品であり、「ベール あるいは愛の面妖なことども」「異郷へ」「ドクター・Kのリーヴァ湯治旅」「帰郷」の四篇を収録。
「たえず動いている乗り物のなかの想念に似て、消えては結び、やってきてもつれ合い、断続して定めがたい。つまりはもっとも現代的な散文表現というものだ」。池内紀氏による巻末の解説「言葉の織物」から引用。
[著者略歴]
W・G・ゼーバルト
W.G.SEBALD
1944年、ドイツ・アルゴイ地方ヴェルタッハ生まれ。フライブルク大学、スイスのフリブール大学でドイツ文学を修めた後、マンチェスター大学に講師として赴任。イギリスを定住の地とし、イースト・アングリア大学のヨーロッパ文学の教授となった。散文作品『目眩まし』『移民たち 四つの長い物語』『土星の環 イギリス行脚』を発表し、ベルリン文学賞、J・ブライトバッハ賞など数多くの賞に輝いた。遺作となった散文作品『アウステルリッツ』も、全米批評家協会賞、ハイネ賞、ブレーメン文学賞を受賞し、将来のノーベル文学賞候補と目された。エッセイ・評論作品『空襲と文学』『カンポ・サント』『鄙の宿』も邦訳刊行されている。2001年、住まいのあるイギリス・ノリッジで自動車事故に遭い、他界した。
[訳者略歴]
鈴木仁子(すずき・ひとこ)
1956年生まれ。椙山女学園大学教員。翻訳家。
主要訳書:ベーレンス『ハサウェイ・ジョウンズの恋』、ゲナツィーノ『そんな日の雨傘に』、ゼーバルト『アウステルリッツ』『移民たち』『目眩まし』『土星の環』『空襲と文学』『カンポ・サント』『鄙の宿』(以上、白水社)ほか多数。