岡崎武志「愛書狂」第44回

 酒の席で、週刊誌も出している某大手出版社の編集者から聞いた話。六〇間近だから入社は一九八〇年頃か。彼らを前に管理職が「たとえこの先一〇年間、本が一冊も出なくても、わが社は安泰」と豪語した。しかし現在は苦境にあえぐ。「若い奴らが本を読まない」と嘆いていた▼この話を聞いた時、すぐ思い浮かんだのが「貧すりゃ鈍する」という成句だった。好景気の上げ潮が止まり、海が凪いだ時、つい不漁を誰かのせいにしたくなるのが人の常だ。ひと騒動となった文藝春秋社長の発言もそんな一例▼二〇一七年一〇月の全国図書館大会のシンポジウムで、松井清人社長が、文庫本くらいは図書館で借りずに書店で買ってくれと訴えた。一五年同大会では、新潮社社長が図書館のベストセラー複本購入に異議を唱え、ちょっとした話題となった。出版不況の悪者探しは、かつてブックオフなど新古書店の台頭とされ、その矛先が今、図書館に向いている▼二〇一七年一一月二六日付け朝日新聞の読書欄コラムで、地方の書店事情にくわしい南陀楼綾繁は「新刊書店も古書店も図書館もブックカフェも出版社も『本屋さん』。そう考えるほうが、本の世界の風通しがよくなるのではないか」と提言、思わず膝を打った。市場が狭まる中、広い意味での同業者が、悪者探しをするのは得策ではない、と私は考える▼八〇年前に出た吉野源三郎『君たちはどう生きるか』が、マンガ版のヒットをきっかけに、原作新装版も二四万部を売ったという。「本屋さん」も「君たちはどう生きるか」を突きつけられている。 (野)

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