第48回 解説
次の日本語を中国語に訳してください。温泉の注意書きを想定しています。
・温泉に入る前にかけ湯をしましょう。
・タオルを湯船に入れないでください。
・長い髪の毛は、湯船に入らないようまとめてください。
・洗い場に物を置いて場所取りするのはお控えください。
・脱衣場やサウナに入る前に、体をよく拭きましょう。
今回は光栄なことに、台湾出身の作家・翻訳家である李琴峰(り ことみ)さんが投稿してくださいました。李琴峰さんは日本語と中国語で小説や漢詩の創作活動をされており、小説『独り舞』で第60回群像新人文学賞優秀作を受賞なさった注目の作家です。
せっかくなので、今回はご本人の同意を得て、李琴峰さんの訳文をお手本とさせていただきました。さっそく1つずつ見ていきましょう。
1)温泉に入る前にかけ湯をしましょう。
进温泉池前请先冲洗身体。
「かけ湯をする」はちょっと訳しにくいですね。“淋浴”や“冲澡”などと訳した方がいましたが、いずれも「シャワーを浴びる」という意味です。しかし温泉などで、桶などを使って体にかけ流す「かけ湯」はシャワーとはちょっと違いますね。李さんの訳にある“冲洗身体”は「体を洗い流す」という意味ですので、より日本語の「かけ湯をする」に近いと思います。
2)タオルを湯船に入れないでください。
请不要让毛巾浸到温泉水里。
“把”構文を使って“请不要把毛巾浸到浴池内。”や“请不要把毛巾泡在浴池里。”などのように訳してもまったく問題なく、いずれも自然な文ですが、李さんは“把”構文ではなく使役文の形で表現されています。直訳すると、「タオルを湯船に入れさせないでください」のようになり、日本語としては不自然ですが、中国語では一般的で、とてもネイティブらしい表現です。
なお、「湯船」は浴槽のことで、温泉施設でも白湯の湯船が設置されることもあるので“温泉水”より“浴池”のほうが無難かもしれません。
3)長い髪の毛は、湯船に入らないようまとめてください。
长头发的来宾请把头发绑起来,以免浸到温泉水里。
「長い髪の毛は」は、日本語らしい表現ですね。中国語に訳す場合、主語は「長い髪の毛」よりも「髪が長いお客様」にしたほうが一般的でしょう。
「(髪の毛を)まとめる」もちょっと訳しにくいところです。李さんの“把头发绑起来”という訳はとても自然でわかりやすいと思います(“绑”は「縛る」、“起来”はここでは「まとまる、収束」のニュアンスを表す方向補語)。
ほかの投稿にも自然な訳がありましたので、あわせてご紹介しましょう(添削あり)。
长发的来宾请把头发扎起来,以免浸在浴池里。(theophilus0414さん)
长发的来宾请把头发绑好,以免浸入浴池内。(jolinさん)
长发的来宾请束发,以免头发浸入浴池。(chachaさん)
4)洗い場に物を置いて場所取りするのはお控えください。
请不要在淋浴间放置个人物品占位子。
「洗い場」は“淋浴间”でも問題ないと思いますが、“间”だと個室のような感じがするので、個人的には“淋浴区”や“洗浴处”などの訳し方のほうが無難かと思います。
「物を置いて場所取りする」を“放置个人物品占位子”と、非常にコンパクトに、かつ自然に訳されていているのはさすがですね! 「場所取り」は“占地方”と言ってもかまいません。
5)脱衣場やサウナに入る前に、体をよく拭きましょう。
进更衣间或桑拿浴前请先擦干身体。
原文が「体をよく拭きましょう」となっているので、“请把身体好好地擦干”のように訳したくなりますね。しかし、“擦干”(動詞“擦”+結果補語“干”)だけで十分「よく拭く」という意味が表せているので、さらに“好好地”などを加える必要はありません。
このように中国語では、動作の結果・状態を表す結果補語を使うと、複雑な内容も非常にコンパクトに表現できます。ぜひ使いこなしてください。
いかがでしょうか。李琴峰さんの訳文を拝見して、僕もはっと気づかされるところが多々あり、たいへん勉強になりました。この場を借りて改めてお礼を申し上げます。
また、ご投稿くださったみなさんの訳文も秀逸なものばかりで、中国語の文章力と表現力の高さに感心しました。次の課題にもぜひチャレンジしてみてください。みなさんのご投稿をお待ちしています。